
東京の野見宿禰神社に参拝してきました
教誨師中央研修会のため上京
二十四節気では処暑を過ぎましたが、連日のように耐えがたい夏日が続きますね。
この夏は熊本地震をはじめ、各所では豪雨災害が頻発しておりますが、皆様のご親類お友達はご無事でしょうか。
被災者の皆様が一刻も早く通常の日常に戻れますことを、一社を預かる宮司として心より願ってやみません。

そんななかですが宮司は、国より委嘱を受けている教誨師の中央研修会のため上京しておりました。
霞が関の法務省大会議室で行われた研修では、全国から73名の教誨師が集まり、たいへん密度の濃い学びを得ることができました。
私の教誨師歴はまだ僅かですが、よりよい社会の実現のため、更生活動に寄与すべく自己研鑽に努めていきたいと思いを新たにした次第です。
国技館近くの野見宿禰神社へ
研修会の開始前に少しの自由時間があったので、前々から気になっていた東京の野見宿禰神社を訪れてみました。
同神社は両国国技館から東へ約1㎞、東京スカイツリーを望む墨田区亀沢のビルの合間に鎮座しています。

ご存知の通り、龍野(立野)の地名の由来となったのは、『播磨国風土記』に見える相撲の始祖「野見宿禰」公。
龍野の野見宿禰神社は明治36(1903)年の整備・創祀ですが、コチラ墨田区の方はそこから遡ること18年前の明治18年の創建のようです。
(私の調べでは、出雲大社教初代管長の千家尊福が創建に関わったはずですが、境内の立て看板には書かれていませんね。)
この東京の野見宿禰神社は大正12(1923)年の関東大震災により焼け落ち、その後の再建時には龍野の野見宿禰神社より
ご分霊を分祀したと、生駒義夫『野見宿禰みてある記』(平成12年刊)にありますが、その真偽は今のところ定かではありません。

さほど広くはない境内地には、ご祭神として野見宿禰命をお祀りしたご社殿のほかに、歴代横綱名が刻まれた石碑も。
よく清掃が行き届いており、常日頃から地元の方、あるいは角界関係者によって大切にお祀りされているんだなぁと感じました。



龍野の野見宿禰神社も、地元の皆様のお蔭をもちまして大切にされておりますが、石階段・手摺等の劣化が甚だしくなってきております。
「国技館のすぐそばにご鎮座なさっている"相撲の神様"のご神威で、なんとかなりませんかねぇ?」とひとり呟きつつも、
野見宿禰公の終焉の地「龍野」から上京した神主として、少し多めのお賽銭を奉納して(笑) 、参拝させていただきました。
