11月23日は何の日?
本日11月23日は、年間に計16日ある国民の祝日のひとつ「勤労感謝の日」です。
今から77年前の昭和23年(1948年)に施行された「国民の祝日に関する法律」により定められた祝日で、その趣旨は「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」日とされています。
さて、この「勤労感謝の日」、昭和23年より前には今とは違った名称の祝日でありました。
その名称は「新嘗祭(にいなめさい)」といって、その年の収穫に感謝して新米を神様にお供えし、翌年の豊かな実りをお祈りする祭りのことです(「にいなめのまつり」「しんじょうさい」と呼称することもあります)。日本最古の歴史書『日本書紀』にも登場するほど古くから行われてきた行事で、今日でも全国各地の神社で11月23日に行われています。当社でも本日10時より執り行いました。

新嘗祭とは?
「新嘗祭」という神事は本来は宮中の行事です。その主旨は、天照大御神をはじめ八百万の神に対して、天皇陛下が御自ら植えられ刈り取られた初穂をはじめ、その他様々な収穫物をお供えすることにあります。その品目は、米や粟の蒸し御飯や御粥・御神酒・鯛や鮭などの鮮魚・干し柿や栗などの果物・鮑や海藻の汁物等など。多種にわたるお供物を、天皇陛下御自らがピンセットのような形をした竹箸を使って、柏の葉で作られたお皿にひとつひとつ取り分けて、神々にお供えになるのです。それが終わると、神々の恵みへの感謝と国民の平穏を祈るお告文(祝詞のこと)を奏上され、最後には「御直会(おんなおらい)」といって天皇陛下もご一緒に前述のお供物をお召し上がりになります。この新嘗祭は令和の今日においても絶えることなく、天皇陛下の御親祭(※他の人に任せず自らが祭事をおこなうこと)で古式ゆかしく執り行われています。

上述したような宮中での新嘗祭は、もともと旧暦11月の二回目の卯の日に行われていました。現在でいうと12月上旬~1月初旬の頃です。明治6年(1873年)太陽暦(グレゴリオ暦)が導入されるにいたって新暦の11月23日に固定され、そのまま「新嘗祭」という祝日も生まれました。以上のことから、11月23日の祝日は我が国のなかでも特に長い伝統を持つ祝日のひとつであることがお分かりいただけたかと思います。
太平洋戦争の敗戦によって、祝日から神道色のある名称は削除すべしとの方針から、「新嘗祭」という祝日名は永遠に失われました。しかし、稲作のみならずこの世をかたち作っているあらゆる勤労に感謝しようという思いから「勤労感謝の日」と名を変え、今日まで続いています。

新嘗祭まで新米を食べてはいけない?
余談ですが、近年「昔の日本人は新嘗祭の日までは新米を食べなかった。天皇陛下が八百万の神々に新穀を捧げるより前に、人が食べるのはおそれ多いことだからだ。現代の我々も11月23日までは新米を食べてはいけない」という言説をよく聞くようになりました。慎ましやかな日本人の美しい風習として語られることが多々ありますが、およそ10年程前、とある知識人が自身のBLOG等で発信し始めてから急速に広がった言説のようです。そのBLOG記事では、外食先において新嘗祭前に新米を出した飲食店店員に対して「日本人なら、新嘗祭が済むまで、新米は出すんじゃない」「いいか、天皇陛下は、毎年11月23日に神々に新米を差し上げる新嘗祭という祭祀をなさるんだ。それまで陛下は新米を口になさるのを控えていらっしゃる。それまで新米を口にしないというのが、日本人の美徳なんだぁ!! わかったか!」と、多少脚色は加えてあるのでしょうが、武勇伝のように語られていました。
日本国民として、天皇陛下が新米をお召し上がりになられるのを待ってからいただきたいという気持ちは分かりますし、この風習に従っている神社も多いようです。ご皇室への敬慕の念を持つことも大切なことですから、天皇陛下を見習って11月23日まで新米を食べないご家庭は尊敬いたします。ですが、私はそれを全ての人に強要するするほど、全国的に正しいことだとは思いません。昔は稲刈り・天日干し・脱穀などを全て人の手でやっていたため、稲刈りから俵に米を入れ終わるまで2カ月はかかっていました。そのため、必然的に新米が食べられるのはちょうど新嘗祭の頃になっていた、という事情があっただけだと考えています。
お米は収穫から時間がたてばたつほど味が落ちていきます。昔と違って稲作の技術も飛躍的に進歩しており、早いと9月頃には新米が出回る現代、せっかくの新米は美味しいうちにいただくのが良いでしょう。ですが、せめて11月23日には新嘗祭を思って、改めて食への感謝の気持ちをもって過ごしてみてはいかがでしょうか。

