
皆さん、こんにちは〜!サワディーカー♫
お久しぶりです!巫女のありちゃんです!お元気ですか〜〜?
わたしは、帰国3日前でタイホームシックです(逆に。笑)
一時期は、苦手なタイ料理に嫌気がさしていましたが、今となればそれも良い思い出。
はあ〜素敵なカフェに、自然!おしゃれなBar、お手頃な食事!
絶対に、また来ますw チェンマイ最高!(^O^)/
ということで、今日は・・・!!
「日本の神道との不思議なつながり」ということで
チェンマイを歩いていると、民家や会社、
街角やホテルでよく見かける小さな祠(ほこら)についてお話したいと思います。

↑これは、雑貨店の中にありました。
とっても色鮮やかで、花や果物、ジュースが供えられているその祠は
「スピリットハウス(精霊の家)」と呼ばれ、
土地を守る霊や神様に住んでもらうためのものだそうです。
タイというと「仏教」をイメージする方が多いと思いますが、実は昔から
「ピー」という精霊信仰(アニミズム)があり、それが今でも人々の生活の中に息づいているんです。
※アニミズムというのは、木や石など、
すべての物の中に魂が宿っているという思想や信仰のことです。
「神道」と「ピー信仰」の共通点

つまり、「ピー信仰」は、
日本の「神道」に似ている存在なんです。
日本人は、お葬式をする時には「仏教」の形でやる方が多いので、仏教国だと言えると思います。
だけど、その根底には、
自然や土地、そしてご先祖に感謝し、八百万の神様を大切にしていて、
見えない存在に守られているという感覚があります。
それと同じように、タイでも田んぼや森、いろんな場所に精霊が住むと信じられているんですよね^^
日本人のほとんどの人が
様々な機会に「神社」に足を運びますよね?
日本人にとって、神社に行くことや神道自体が「文化」の一部になっているように
ピー信仰も文化なんです。
実際、チェンマイでスピリットハウスを目にしたとき、どこか懐かしさを覚えました。
日本の家にある神棚や、お祭りで神社に奉納する果物や米俵とよく似ていたからです。
そして、毎日のお供えや祭りを通して、目に見えない存在と共に暮らしている感覚は、
日本人の私にもすんなり理解できました♪( ´▽`)
だからこそ「神道」と「ピー信仰」は、
国民のルーツ的な存在として、とても重要なものであると言えると思います。
道路の脇にあるようなスピリットハウスでも
女性がわざわざ靴を脱いでお祈りする姿を見たことがありますが、すごく美しかったです。
「神道」と「ピー信仰」の違い
でも「信仰の捉え方」や「国家との結びつき」の違いもあるようです。

①「悪霊」としてのピー
調べてみると・・・
神道の神様は基本的に「清らかで、ありがたい存在」として祀られることが多いですが
タイのピー信仰では「守ってくれる霊」だけでなく
「怒らせると怖い霊」や「人に害を与える霊」とも言われるようです。
むしろ、映画などでピーが出てくる時は「悪霊」や「妖怪」としての登場が多いよう。笑
たとえば、事故で亡くなった人の霊や、
夜に人を脅かすおばけのような存在もピーの一部だと捉えられているんだとか。
日本にも祟り神や怨霊の考えはありますが、
「ピー信仰」では、もっと日常に近く、気軽なレベルで
霊の存在を感じ取っている印象を受けますね!
②「フレンドリー」なピー
タイの祠はいつも彩り豊かなお花やお供えが整えられています。
現地の人に聞いてみると「毎週月曜日」など週に1回お供えをしたり、花を変えているそうです。
本当に綺麗で、見るたびに心が晴れやかになるし、癒されました。
そしていつもなぜか「ファンタ」が置いてある。笑

昔は、血をお供えしてた代わりにファンタになった。というネットの記述もありましたが、
現地民によると「ただ美味しいから、神様も喜ぶと思って」とのことでしw
夜は、カラフルな電球でライトアップされたりも!!

個人の感想ですが、日本の神社に比べると
やっぱり、めっちゃフレンドリーで身近な存在に感じました!
③「国家」や「社会」との結びつきの違い
もう一つ大きな違いは、国家や社会との結びつき方です。
日本の神道は『古事記』や『日本書紀』といった国の成り立ちを語る神話と一体化しており、
天皇家の由来とも深く関わっていますよね。
その関係から時代によっては政治との結びつきもあったので、国家と密接に繋がっていました。
一方で、タイのピー信仰は、政治に関わることはなく、
地域共同体や家庭のレベルで守られてきたものです。
あくまで庶民の暮らしの中で、精神性を支える価値観だったり
文化を作っている宗教なんですね。
スピリットハウスの数は、日本のお地蔵さんやお稲荷さんの祠の比にはならないほど多いですが、
今日までその形が継承されているのは、国家と関わって来なかったからかもしれません。
日本もタイも、国の宗教としては仏教が大きな柱になっていますが
庶民の暮らしの中では仏教とピー信仰が自然に混ざり合って存在しています。
その「二重構造」も、日本の神仏習合に似ていて興味深い点でした。
まとめ

タイでは「ピーは怖いけれど、大切な存在でもある」からこそ
お供え物をしたり、ライトアップしたり、生活する上で上手く付き合っているのかなと思いました。
それと同じように、日本でも古くから神棚を置いて
いろんなお供えものをして神様に喜んで頂いて、清めます。
結局、
「人が自然や目に見えないものとどう関わり、どう安心して暮らすかを模索した答えが
それぞれの土地で神道になり、ピー信仰になったのではないかな?」
と思いました。
私は、チェンマイの街を歩きながら
ピー信仰を見るたびに何度も神社やお祭りの風景を思い出しました。
そこには「寺院」とはまた違う、アットホーム感があったんです♫
異国にいながら、日本の信仰と響き合う何かに出会えたようで
どこか心が落ち着いたし、居心地の良さを感じて安心しました。
これが「文化として根付いている」ということなのかもしれません。
タイの人達は、本当に親切で温かい人が多いですしね(´∀`)
宗教や信仰というと、難しかったり、ちょっと特別なものに思えますが、
その根っこには「自然やご先祖を敬う心」「大切な人達を想う心」がある。
それは日本でもタイでも変わらない普遍的なものだと、今回の旅で実感しています^^

